EPパレット
第5色 スペシャリストになること

何でもできるようになりたい。いろんなことができるようになりたい…そんな風に、みなさんも思いますか?
これは、人それぞれでしょうね。
ひとつのこと、数少ないことを極められれば。そういう人もいるでしょう。

私は、どちらかというと前者。何でもできるようになりたい。できないことはくやしい。
そして、歳や経験を重ねていくと、「それは無理なんだ」ということがわかってきます(笑)。

ふと思ったのですが、EPは、こちらの方が多いのではないかしら。
自分で選ぶことより、パートナーのニーズにあわせて動く。それに応えられないと、
仕事になりません。
でも、だんだんわかるんですよね。できないことがあるって。そして、キャリアを積んでくると、失敗ができなくなる。。

何でもやりたいという気持ちは、きっと一生持ち続けた方がいいと思いますが、どこかで選ばないといけないんだと思います。

そんなわけで、気がついたら、サックスのEPばかりやっていました。
そうやってひとつのことを続けていたら…たまにはいいことがあるんだなあ!!って
思うことが起きました。今までの疲れを一気にふきとばすこと。

1か月前、それは突然訪れました。いつものサックス研究室からの電話。つい先日、
EPをやったばかりの子から。

「Oさんからの依頼なんだけど、Bさんの伴奏をやってほしい。明日かあさってなんだけど。曲は、イベールとグラズノフのコンチェルト」

Oさん(ピアノ)もBさん(サックス)も、Big Name!明日だろうが何だろうが、何とかする!そういう返事をしました。決まったのはその日の深夜。Oさんと連絡がとれて、確約がとれたのは翌日の朝。

伴奏はその翌日。

そのお話しがあがってから、全く夢見心地で、いつ夢がさめるかと思っていました。
それぐらい私にとっては凄いこと。始めは、Oさんが大学の先生をやっていることもあって、学生さん相手の公開レッスンとか、そういう内々のものかと思っていました。
よくよく話がみえてきたら、練習伴奏でとのこと。

半ばホッとしたりして。

そもそも、Oさん、Bさん共にJAZZ界の方。クラシックにも意欲的に取り組んでいらっしゃる、とのことは聞いておりました。ちょうど、Bさんが、表参道のB.T.でライブツアーに来日、彼の友人のOさんもそのセッションに参加されていました。そのライブの最中、来る4月のドイツでのコンチェルトの練習をやりたい、ということで…。
その状況を把握して、やっと落ち着きました(笑)何もわからず引き受けたことでしたから。

合わせは、表参道のB.T.。リハーサル室があるのかなあ、と思いつつ、やはり夢見心地のまま現場へ。裏なんて知りませんもの。

楽屋口からはいり、すぐBさんとご対面!優しい笑顔で対応してくださり、すぐ練習に。結局、B.T.のステージへ。会場は暗く、ピアノ周りを照らすスポットのみ。

曲は、イベールから。そうそう、イベールもグラズノフも難曲。特にイベールは手強い…でも何度も学生さんの試験やオーディションで弾いてきました。グラズノフは先日の銀座カンタータさんで、近藤敬行くんと本番をやったばかり。。その経験を元に、勝負するしかない!!何があってもついていく…そんな気分でした。

イベールは、明るく、生き生きとしたリズムが魅力。だから、BさんJAZZっぽくなるのかなあと想像していました。ところが、かなり硬派。そう、JAZZの方って、リズムが安定しているのです。基本はビートを安定させる音楽。クラシックの人より、ずっとテンポがいい。きっちりかっちり。その中での「遊び」。アドリブは全くなく、譜面通り。でもね、ちょっとした歌いまわしが違う。それが、かっこいい。基本はアピールする音楽なんです。

ところで、私は楽譜を小さくするのです。見開き通常A3を、B5にしちゃう。だから、ミニチュアスコアみたいな譜面。彼は、見るなり「Small!」。
そして私は緊張していたのか、譜をめくる位置を間違えて楽譜を並べてしまったのです。それで、残念ながら途中で、少し音が抜けてしまった。。でも彼も上手くいかなかったところがあったみたいで、私の「I'm sorry…」に同調してくれたりして。
全楽章で15分ぐらいの曲を2回通しました。

驚いたのはグラズノフ。はじめての表現。Beautiful!そのひとことでした。私の想像では、イベールはジャズっぽく、グラズノフはオーソドックスにいくと思っていたのです。でもそれ逆でした。誰もが楽譜通りにいけば美しくなるグラズノフ。それを、「はじめてきいた!」と思えるニュアンスで表現できるのは、さすがだと思いました。かなり遅めのテーマからスタート、よし、ここでチェンジするだろう、というポイントから、そうそうきました、テンポの変化。こちらの予想と、それを超えるニュアンスと。何より、音が美しかった。。

グラズノフも2回やりました。合わせは1時間の予定でした。途中で、集中力が切れるかと思いました。

あり得ない。普段はもっと長くたって大丈夫なのに。それだけ、夢中でした。

会場は、憧れのB.T.。何とかついていこうと思えば、自然と彼を見ながらの演奏になる。スポットライト越しの画。ピアノ用のモニターに足をかけて、サックス吹いていました~間奏の間は、空間を歩きまわる。出番で足をあげて演奏!

終わって、楽屋で写真を…とお願いしました。すぐOKして下さって、ポーズもばっちりの2ショット。これは宝物。。。もうひとつ宝物ができたんですけど、それは内緒。
いまはお守りになってます。プロとして、なかなか報われることのないEP、その思いをふきとばす出来事。

練習はぴったり1時間。外は3月の雪。しばらく興奮冷め遣らず。。いえ、集中した後の時間の方が、よほど興奮していました。
その夜は、ご招待いただいて、B.T.で彼のライブを聴かせていただきました。最高にかっこよかった。

そして、どんなパフォーマンスでも、彼の音は美しかったし、その音楽にはゆとりがあった。楽しかったです。そして、癒されました。何て一日!

世界にきこえるBig Name、その力に、ほんの一片、微かな接点を持っただけでしたが、夢をみさせて頂きました。そこに飛び込めたのは、いままで、くやしい思いをしながらサックスEPを続けてきたから…これからも、また続けていく気力を、与えてくれた一日。いつまでも忘れずにいたいと思います。


2010/4/15 EP 藤光直美